なんとなくコメント

秋ですな。 %秋刀魚とマツタケとビールですよ。

りんたろーとは??

りんたろー

Author:りんたろー
やべー!気付けば来年もう30歳じゃねーか!!


あれ?でも18の頃と、なんら変わっちゃーせんわ・・・・

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日々、過ぎて逝く日々。

つい先日、仕事が忙しくて、ご飯食べる時間が無くて、店終ってから、王将にご飯食べに行った訳。朝の四時くらい。

まー、よくあるんじゃけど、もう営業中に諦めるの。
「今日は、まかない我慢して、かたづき次第王将で飲もうな!!」

それが結構励みになる。

店が忙しいから、みんなビール飲んだり、ガッツリ飯食いたいから。

で、先日。多分一昨日。仕事上、日付が替わる時が分からんから、多分一昨日。

最後のお客さん帰ってから、「おりゃおりゃ~!!」って皆で、もう最速のスピードで片付けたの。

いや、営業中に、「大将、しんどいっす。今日も午前から学校行ってたし!!」

とか、「マジ無理やわー。」って言っていた子らが、飯の為に、一致団結して、鬼の閉め。

で、金閣寺店の店長にも電話して、「飲むぞ!!」って。

で、王将で軽く飲みながら、ご飯食べて帰るつもりが・・・・・

王将出たの、10時。

完全、昼前。

忙しい時期じゃから、仕込み多いから、13時起き確定の日じゃったのに・・・・

いつも仕事上がったら、飯食うときには、店の話せんのに、一昨日は、なんか皆熱くなって、バイト同士で言い合いになったり、僕も金閣の店長と「オメーはもっとしっかりせないかん!!」「いや、がんばっとるし!!もっと、褒めてや!!」みたいに。

まー、いい場でした。

んで、何がどうなん??って話じゃけど、最近、月日が流れるのが早すぎる。


確かに年末じゃから、余計に感じるんかも知れんけど、いや、絶対時間が過ぎるのが早くなってる。

齢のせいなんじゃろーか??

ってか、いつも後悔するのに、どうして次の日の事を考えず、飲んだりするんじゃろー・・・・

いつも僕の周りにはそういう人ばかり。

誰も止めようとしない。

8時30分から授業のバイトの子いました。

寝不足で毎日死にそうな研修の人がいました。

バイトの時間が急に早まって、夕方、ってかもう前日になるんか?やっていたゲームを”タイム”にしたままのバイトの子がいました。

朝の10時から就活のセミナーに出ないといけないバイトの子がいました。

みんな死亡でした。

バカじゃなー。

ほんとに・・・・



p.s.あっこちゃん、メールは届いてるのかい??




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最初で最後

今日は僕がこの仕事をやりだした時の話。

多分、なげーわ。(笑)

昨日、バイトの子が、「あー、車無いとマジ終ってるわー。」
で、僕、「いや、学生の時は彼女と二人乗りで、チャリで何処までも行けるって!!俺なんて、阿倍野から三宮まで行ったし!!」って会話から始まりました。

その時の話はこちらから
http://blog.goo.ne.jp/garakuta-wr/e/a5104d46256444438367496981d89f5f

僕は、今の”焼き鳥屋で働く”ってのを親に言わずに働き出しました。いつも飲んだくれて世話になっていた焼き鳥屋。ゲロ吐いたり、七味飲んでヨダレ垂らしたり、お金が足らなかったり、まー、多くの酔様を見せ続けた焼き鳥屋です。

専門学校を卒業して、大阪の茨木にある割烹料理屋に就職しました。そこのオヤッサン(料理長兼経営者)はチチンプイプイにレギュラー出演するほど有名な人でした。

と、同時に、本職の人でした。

まー、和食の世界では当たり前なのですが、僕ら、新しく入った人は、”坊主”、何年か働いてる人は”兄貴”、で、料理長が”親父(おやじ)”です。つまり、任侠の世界です。

僕ら、坊主のしゃべれる言葉は、「はい。」「すいません。」「出来ます。」だけです。

ひょっと、「でも・・・」とか「分からないです。」とか「出来ません。」なんて言った日には、ある程度の覚悟が必要です。

今思えば、今の生活より睡眠時間全然あったし、休みあったし。。。

けど、気が休まるのは、トイレの中だけって、凄い世界でした。

飯も食べるとき、準備に追われて、兄貴達よりも後から食べだすのに、先に食べ終わって、片付けに入らなければいけない、そう言うものです。


ま、そんなこんなで、丁度半年ぐらいで辞めました。

で、例のカイチローとテレビのライン作業に入りました。

これまた面白いバイトでした。

その話はまた今度にして、テレビの組み立てのバイトも半年ぐらいしたんかな?

「このままではいかん!!」と、思い立ち、その頻繁に行っていた焼き鳥屋に電話しました。

「いつも飲みに行っている久保ですけど、お願いがあります。僕を働かせてください。」と。

「おう、久保君、どした?今日は酔ってないが。」と、言われるぐらい、頻繁に飲みに行って酔っ払ってました。

「やるからには、独立する気ある?あー、つまり、自分の店を持つって事。店長になって、一生雇われじゃ、サラリーマンと一緒やで。」と、言われ、「もちろんです。」と、何も考えず答えました。

「いつから、来れる?」

「いつからでも行けます。ただお金ないんで、今のバイト先の給料貰った後でいいですか?」

で、決まりました。

今思い出すと、ホントノリで、その場の勢いだけで、今の僕の人生が決まったんじゃなー!!って思う。

うん。で、当時バイトしてたのが大阪。

仕事先、神戸。

「あっ。ヤベ。引越しせな。」

「うん?引越し代と、引越し先の敷金、礼金、家賃一ヶ月分、ヤベー!!全然足らねー!!」

携帯を持ち、弟にソッコー電話。「たっちゃん。10万貸してや。ぜってー返すけー。」

で、僕の手持ち、10万、弟に借りた10万、合わせて20万。

これで、ホントに大阪から引越、神戸でセパレート、10畳、バルコニー広い、角部屋、をゲットしました。

引越し屋、不動産には、ホント、ゴリ押しでした。

普通に、銀行の封筒に現金いれて、「これだけしかお金が有りません。何とかお願いします!!!」って、頭下げて、お願いしまくりました。

しかも、親に言ってなかったから、保証人、社会人一年目の、弟。

よくやってくれたよなー。

いやー、当時、幾つじゃったろー??

24か25の頃かなー?

意味分からず勢いあったなー。

にゃはは。まー、久しぶりに、不動産に現金持って、「これだけしか無いっす。お願いします!!」

ってのを思い出しました。

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