なんとなくコメント

秋ですな。 %秋刀魚とマツタケとビールですよ。

りんたろーとは??

りんたろー

Author:りんたろー
やべー!気付けば来年もう30歳じゃねーか!!


あれ?でも18の頃と、なんら変わっちゃーせんわ・・・・

今、何月何日の何時じゃ?

最近の日記

最近のコメント

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

散る、桜。舞え、桜

リンク

ブログ内検索

RSSフィード

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

じょん・まんじろー

どうもお久しぶり過ぎです。

久しぶり過ぎて、アブねかったよ。

ID?はて?パスワード?はて?

危うく自分の決めたパスワードにノックアウトされるとこでした。

なんで久しぶりにブログを開いてみたかって言うと、

昨日、「まんちゃん」から電話がありました。

「まんちゃん」=大学の時の友達です。
流石にここに本名を書く訳にいかんのが残念じゃけど、
えー、彼の名前の中に、「ま」は一文字も出てきません。
何故に「まんちゃん」ってあだ名なのかは、残念ながら結局聞く機会なかったなー。
いや、ひょっとしたら、飲みの席で聞いてたかもしれん。

んで、なんの電話じゃったかってと、
「りんちゃんSRがついに廃車になったわ・・・・」
まんちゃんには、僕が大学を卒業する時に当時、
僕の愛車であった当時高知で一番かっちょよかったであろうSRを託してて、
まんちゃんは、今東京で働いとんじゃけど、そのバイクを大学卒業後も乗り継ぎ、
東京でもブリブリいわしながら、乗ってくれてた訳。

僕としては、一番初めの単車であったSR。

高校の頃から地元の先輩がSRやSTEEDに乗ってて、
んで、高校の連れも18になったら単車の免許取ってSRに乗ってて。
単にそれに憧れてたんじゃけど、高校の頃はバイトしてた訳でもなく、
大学入ってから、免許取りに行って、すぐSR買ったんよねー。

丁度大学入って仲良くなった連れもSR乗ってて、そいつはバイク結構詳しくて、
色々教えてもらったし、授業さぼって一緒に走りにいってた。

そのSRは買った当時、ホントにオンボロで、まだ買った当時の写真、実家に残ってるかなー、
たまたまバイクの面倒良く見てくれるバイク屋さん見つけて、
そこでコツコツバイクを改造していったなー。

バイトの給料入るの待てんから、
「○日にバイト代入るんで、先にパーツ注文しといてください。」
って、バイク屋のおにいちゃんに頼んで、笑われたっけ。

うん。で、まー三年乗って、卒業するときには、
「俺は料理の勉強するし、バイクも手放そう!」
と、決心して売ることにしたんだけど、
いざ売ろうと思うと、まずショップには、
「いやー、ノーマル部品無いと、ほとんど値がつきませんよ。」
って、僕としては「なぬー!!パーツだけでも何十万もかかってるのに!!」
ってまあ、車検も通らんほど改造してたらお金にならんわな。

そこでタイミングよく名乗りを上げたのが、まんちゃんだったのです。

んで、まんちゃんはオンボロSRを、ホント手のかかるバイクだったのに、
面倒見て、長い間乗り継いでくれてたんじゃねー。

僕が買ったときから言うと、8年ぐらい乗ってることになるんか。
すげーなー。走行距離もハンパねーはず!!
僕は高知から岡山まで、けっこう乗って往復してたし、
まんちゃんもけっこう乗ってくれてたみたいだし。

で、結局廃車になって、まんちゃんは「5000円でうれたわ。」
って言ってた。

5000円でも売れて、嬉しい限りです。

今は廃車にするにも、こっちがお金を払わんといけん時代なのに、
「バイク自体は動かんけど、シートとタンクがかっこえーから、5000円で引き取るわ。」
って、バイク屋さんが言ってくれたそうじゃ。

よかった。よかった。

んで、何よりも嬉しかったのが、まんちゃんがワザワザ電話してきてくれたこと。

まんちゃんとは、東京にいるってのもあって、滅多と連絡を取らんのに、
わざわざ「りんちゃん、バイクが廃車になったわ。」と電話してきてくれて、
ホントに嬉しかったなー。

初代SRのことなんか、僕の中では、すっかり忘れてたのに。

と、まー久しぶりってのもあって、長くなってしまった。

せっかくまんちゃんが出てきたんで、明日、多分、いや、また数ヶ月後かもしれんから、
次回は「じょん・まんじろうと日本酒」ってブログ書こうと思う次第です。

スポンサーサイト

最初で最後

今日は僕がこの仕事をやりだした時の話。

多分、なげーわ。(笑)

昨日、バイトの子が、「あー、車無いとマジ終ってるわー。」
で、僕、「いや、学生の時は彼女と二人乗りで、チャリで何処までも行けるって!!俺なんて、阿倍野から三宮まで行ったし!!」って会話から始まりました。

その時の話はこちらから
http://blog.goo.ne.jp/garakuta-wr/e/a5104d46256444438367496981d89f5f

僕は、今の”焼き鳥屋で働く”ってのを親に言わずに働き出しました。いつも飲んだくれて世話になっていた焼き鳥屋。ゲロ吐いたり、七味飲んでヨダレ垂らしたり、お金が足らなかったり、まー、多くの酔様を見せ続けた焼き鳥屋です。

専門学校を卒業して、大阪の茨木にある割烹料理屋に就職しました。そこのオヤッサン(料理長兼経営者)はチチンプイプイにレギュラー出演するほど有名な人でした。

と、同時に、本職の人でした。

まー、和食の世界では当たり前なのですが、僕ら、新しく入った人は、”坊主”、何年か働いてる人は”兄貴”、で、料理長が”親父(おやじ)”です。つまり、任侠の世界です。

僕ら、坊主のしゃべれる言葉は、「はい。」「すいません。」「出来ます。」だけです。

ひょっと、「でも・・・」とか「分からないです。」とか「出来ません。」なんて言った日には、ある程度の覚悟が必要です。

今思えば、今の生活より睡眠時間全然あったし、休みあったし。。。

けど、気が休まるのは、トイレの中だけって、凄い世界でした。

飯も食べるとき、準備に追われて、兄貴達よりも後から食べだすのに、先に食べ終わって、片付けに入らなければいけない、そう言うものです。


ま、そんなこんなで、丁度半年ぐらいで辞めました。

で、例のカイチローとテレビのライン作業に入りました。

これまた面白いバイトでした。

その話はまた今度にして、テレビの組み立てのバイトも半年ぐらいしたんかな?

「このままではいかん!!」と、思い立ち、その頻繁に行っていた焼き鳥屋に電話しました。

「いつも飲みに行っている久保ですけど、お願いがあります。僕を働かせてください。」と。

「おう、久保君、どした?今日は酔ってないが。」と、言われるぐらい、頻繁に飲みに行って酔っ払ってました。

「やるからには、独立する気ある?あー、つまり、自分の店を持つって事。店長になって、一生雇われじゃ、サラリーマンと一緒やで。」と、言われ、「もちろんです。」と、何も考えず答えました。

「いつから、来れる?」

「いつからでも行けます。ただお金ないんで、今のバイト先の給料貰った後でいいですか?」

で、決まりました。

今思い出すと、ホントノリで、その場の勢いだけで、今の僕の人生が決まったんじゃなー!!って思う。

うん。で、当時バイトしてたのが大阪。

仕事先、神戸。

「あっ。ヤベ。引越しせな。」

「うん?引越し代と、引越し先の敷金、礼金、家賃一ヶ月分、ヤベー!!全然足らねー!!」

携帯を持ち、弟にソッコー電話。「たっちゃん。10万貸してや。ぜってー返すけー。」

で、僕の手持ち、10万、弟に借りた10万、合わせて20万。

これで、ホントに大阪から引越、神戸でセパレート、10畳、バルコニー広い、角部屋、をゲットしました。

引越し屋、不動産には、ホント、ゴリ押しでした。

普通に、銀行の封筒に現金いれて、「これだけしかお金が有りません。何とかお願いします!!!」って、頭下げて、お願いしまくりました。

しかも、親に言ってなかったから、保証人、社会人一年目の、弟。

よくやってくれたよなー。

いやー、当時、幾つじゃったろー??

24か25の頃かなー?

意味分からず勢いあったなー。

にゃはは。まー、久しぶりに、不動産に現金持って、「これだけしか無いっす。お願いします!!」

ってのを思い出しました。

ステファニー

えー、こないだ我らがアイドルのあっこちゃんの結婚式へ行って参りました。

結婚式と言えば、こう、「新婦さん、綺麗だった。」

とか、「披露宴、よかったなー。」

とか、まー、そう言うことが目に焼きついてるハズです。

が、が、

やっぱり、高知の腐れ縁というか、

まー、集まった面子がひどいのか・・・・・

結婚式???

はて???

いや、普通に飲み会でした!!!!

まず最初に、出席者の名簿があるんですけど、

それの紹介文に・・・

minoon 「公務員ですばらしい先輩だけど、お酒が入るとちょっと・・」

僕 「お酒に人生を捧げてる人。」

僕の弟 「酒の席で兄弟で揃うと危険。」

などなど、まー、大正解です!(笑)


うん。で、事件は二次会で起こり始めて、三次会で爆発、そして・・・

四次会となる僕、minoon、みっ、の三人の時がピークでした。


ここで書きたいけど、今回ばかりは止めときます。

朝起きたとき、宿泊先は、無茶苦茶でした。

ビールの缶は倒れまくってるわ、布団のしたから、カニカマ出てくるわ、何故か靴が枕の横にあるわ、クーラーの中にテッシュ詰まってるわ、思い出せば、アパートの部屋間違えて鍵ガチャガチャしてたわ・・・・・



ま、20代後半の僕らは、こんなんで大丈夫か??

って、疑問もありますが・・・・・


最後に、

あっこちゃん、達者でな!!

たまには連絡よこせよ。

時間出来たら遊びに行くし。。。

そしたら、絶対シンガポールで俺達、事件になるけどな!!

いや、すげーね!!!

なにがって??

いや、STAND BY MEよ。

正直、大好きで、もう何十回と見ました。

小学校、中学校、高校、と、その、なんて言うかな、青春時代の頃に何回も見ました。


で、普通に、「いいなー。」なんて思ってました。

恐らく高校の時に、英語大好きで、辞書で「STAND BY」って探しました。

そん時に、あんまし覚えてないし、今更調べなおす気もないし、たぶん「STAND BY」=「側に居るもの」って感じだったと思います。

すると、やはり「友達」ですな。

で、高校の頃、多分先生に聞きました。

「STAND BY ME」は、子供から大人になる通過儀礼の話だよ、と。

で、高校の頃、「いや、そんな”通過儀礼”とか、難しい話じゃなくて、普通に子供時代の青春映画でしょう!!!」って思ってました。




でも

でも、今日、ホント久しぶりに見て、「あー、自分と照らし合わすことは出来ないけど、一生見たい映画だなー。」って思いました。

うん。

僕は、大分前に我楽多日記に書いた、「直樹」って友達がおるんじゃけど、まー、もう大分前に死んじゃったんじゃけど、直樹の事を思い出します。

直樹は中学校時代から、「スタンド バイ ミー」はすげーぞ!!って言ってたな。

もう、なんか良く分からんわ。

表現するの、難しいな。

とにかく、昔に作られた映画に感動、感銘を受ける自分は「なんじゃらホイ??」って感じです。

今日、多分、大人になって始めて見ました。

タイトル通り、誰も大人になりたくなかった・・・・。

出来た!!!!

グローリーデイズ



出来ましたよ!!!久しぶりに我楽多テーシャツ!!!

今回、ちと、デザインが全体的に小さかったかねー。

えーっと、順次発送するんで、
欲しい人は住所を携帯のほうへ送ってちょ

| ホーム |


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。